2010年12月16日木曜日

「真岡木綿会館」を訪ねました。

 過日、真岡木綿会館を訪ねました。今回で2回目の訪問となりますが、「手仕事専科のBlog」の取材で訪れました。いぜんから、真岡木綿を「下野・会津・津軽 手仕事専科」に加えたいと望んでおりました。
 
 しかし、「手織り」商品ということから販売の量販体制が採れずに、注文が多くなると対応が採れないため、また、1反あたり、10万円前後となることから、受注生産とならざるを得ずこれらもネックと言えるでしょうか。同時に、量販でないところから、直の取り扱いとなり、卸価格のシステム・考え方は、あまり理解されないのが現状です。そのようなことから、お取引の回答はまだ得ていない状況です。

 当サイトは、「伝統品の紹介」「通販による販売」を目的としておりますので、業種によっては、販売の回転が少ないものもありますが、それは問題ではありません。多くの方々に、伝統品がどのような歴史を持ちどのような工程から出来ているのか、その生産にかかわる知恵やこの後、現代社会の中に見出せる意義などを知っていただくのが目的です。新「和美との生活」で、概略を述べておりますが、宇都宮「宮染」「日下田藍染工房」や会津、津軽の「会津木綿」「裂織り」が掲載されておりますので、下野の全国的知名度を持つ「真岡木綿」をぜひとも取り扱いたいと願っております。

----『真岡木綿』の歴史(真岡木綿会館のリーフレットから)----
 かつては、「真岡」といえば、そのまま木綿の代名詞として通用した時期がありました。丈夫で質が良く、絹のような肌ざわりの真岡木綿は絶大な人気を得て、江戸時代の文化・文政・天保の頃には年間三十八万反を生産し、隆盛を極めました。当時、江戸の木綿問屋はこぞって真岡木綿を求め、木綿の仕入高の約八割が真岡木綿であったという記録があります。
 しかし、開国による輸入綿糸流入などで衰退し、戦後はほとんど途絶えていましたが、昭和61年に真岡商工会議所が中心となって真岡木綿の「復興」を図り、昔ながらの技術と伝統をしっかりと受け継ぎ、今に伝えています。

 それでは、写真から「真岡木綿会館」「真岡物産会館」をご覧ください。
真岡木綿会館
〒321-4305
栃木県真岡市荒町2162−1
0285-83-2560
入館無料
開館時間 10:00~17:00(入館は、16:00まで)・毎週火曜日休館

●画像をクリックすると拡大します。
《真岡木綿会館》 
真岡物産会館、この裏手が「真岡木綿会館」です。

綿の実

 ●真岡木綿の作業工程は、こちら
「綿切りロクロ」
摘み取られた綿花の種取りをする工程があり、
これには「綿切りロクロ」という器具が使われます。
取っ手を廻しながら手前から綿花を入れると、
種は、きれいにとれて下に落ち、先から種の取られた
綿が出てきます。


「糸車」
糸車を使い糸を紡ぎます。
種取り後、綿打ちされた綿は、糸車を使って糸にされます。
先につけられたツムと呼ばれる鉄の針状のものに
綿をかけて糸車を廻しながら綿を伸ばし、
なおかつ糸車の回転力により、ヨリがかけられます。
手紡ぎは、全国的にもまれです。

染められた糸は、縦糸と横糸に分けられます。
このあと縦糸のみ、糸にコシをつけるために糊づけされます。
糊づけされた糸は木枠に巻き取られ、整経を待ちます。

染められた綿糸
煮て、ヨリ止めをされた糸は、染めにかけられます。
熱湯に原料を入れて抽出した液に媒染(鉄・銅・アルミ)を加え、
その液で糸を煮込みます。
真岡もめんは基本的には草木染めで、

産物のかんぴょうやピーナッツも使われてています

機織り
おさ通しされた糸は織り機の手前の布に固定され、
いよいよ織りに入ります。
足を踏みながらそうこうを上下させ、

その間に(シャトル)を使って横糸を一本一本入れ
ながら、布の形にしていく感動的な瞬間です。
 《真岡物産会館》

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