2010年10月25日月曜日

裂織りの歴史と津軽の裂織り

 今日は、先日㈱ミルフォニーインターナショナルのなおみさんとお会いした際に裂織りがリサイクルという話題になりました。そのような大切な技術であることから、下野・会津・津軽 手仕事専科の裂織りについて、ご紹介することにしました。
 裂き織は、木綿生地の古着を裂いて、横糸に織り込むリサイクル布地といわれます。先駆的な循環技とりいえます。裂織りの歴史を見ることで、消費(=使い捨てること)が美徳だったつい最近までの風潮を振り返り、物が豊かではなかった時代の日本人の「もったいない」DNAを見て見たいと思います。

 商品の流通が活発でなかった時代、綿花が栽培できない地域では木綿布地が貴重品でした。綿花が育つには温暖な気候や栽培に適した土壌が必要であり、北国や島嶼(とうしょ)部では、栽培できない地域が多かったといいます。
 そういった地域では、自生する麻や葛、シナノキなど、野草の繊維を素材にして織物をつくるしかありませんでした。野生の繊維は太くて固いものが多く、保温性にも乏しい。保温性が高く着心地のよい木綿は、あこがれの織物だったといわれます。
 
 江戸時代になると、木綿とともに都市部で余った古着や古布を売る商売が始まりました。そこで考えられたのが「裂織り」でした。裂織りとは、麻や木綿などの強い糸を縦糸に、古着を割いて紐状にした布を横糸に代わりに使う織物のことです。手間はかかりますが、木綿よりも安価で保温性がある裂織りは、普段着として重宝でした。布地の目が詰まっているので分厚く丈夫で、風雨を防ぐ作業着としても適しています。
 
 裂織りは、東北地方や佐渡から五島列島や奄美大島など南の島嶼(とうしょ)部まで、木綿が採れない地域に広く普及しました。いったん役目を終えた木綿生地を使い、優れた布地として再生する裂織りは、先駆的なリサイクル技術と言えます。

 青森県にも「裂織り」が伝わっています。日本海側の深浦の北前船が、江戸や京都との流通の拠点でもあって、詳しくは文献に待たないとわかりませんが。(きっと調べ甲斐のある歴史でしょうね)「下野・会津・津軽 手仕事専科」にも二つの工房「裂織工房ポンテ」と裂織「工房萌木」を載せています。また、リンク集には、南部裂織りを貼り付けています。かつて、「星と森のロマントピアそうま」に赴任していた折に十和田の奥入瀬渓流グランドホテルにいくどか泊まりましたが、裂織りのコーナーがあり、展示販売されていて、その伝統技術と美しさに感嘆したのを覚えています。

 二つの工房と作品群を簡単にご紹介します。お二人の作品は、下野・会津・津軽 手仕事専科にて、販売しております。

●画像がクリックで拡大します。
ⅰ)裂き織工房ポンテ/倉内尚子さん























ⅱ)工房萌木/葛西やえ子さん


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