2010年11月3日水曜日

トランベェール/自然布紀行から

 昨日は、東京にでかけた折に新幹線車内でトランベェールを拝見しました。いつも旅に誘う記事が載っており、楽しみに読ませていただいております。かつて、自分の思い出深い東北のジャズ喫茶・バーの特集があり、弘前や仙台、盛岡の懇意の店が載っておりました。

 今回は、新潟・庄内 自然布紀行として越後上布が載っており、暮らしに息づく自然布として麻が紹介されていました。下野・会津・津軽 手仕事専科では、染織日下田藍染工房烏山手すき和紙野州麻紙工房津軽裂織りや会津奥三島編組細工としてヒロロ細工を扱っております。また、会津の昭和村には、かつて越後上布の原料となる苧麻を越後に出荷していました。現在は、それらの材料からカラムシ織として、地域おこしの役割を担っています。手仕事専科でも取り扱いをお願いしましたが、越後上布の企業との専売契約があり、取り扱う事ができませんでした。
 
 トランベェール「2010.11月号」から、手仕事専科にかかわる部分を抜粋して紹介したいと思います。
●越後上布は、1200年以上の伝統を持つ自然布で、イラクサ科の麻である苧麻(チョマ=カラムシ)の糸で織り上げた布です。木綿や絹よりもずっと長い間、日本人が身にまとってきた衣料の原点です。気の遠くなるような手間と時間をかけ、大切に織り継がれてきた美しい布、それらは特に、雪深い山里に暮らす女たちの手によって守られてきたものです。

●古代、私たちの祖先は、山野に自生する素材から身にまとう衣を作っていました。大麻(たいま)や苧麻(ちょま/カラムシ)などの麻、シナノキ(科の木、級の木)、楮(こうぞ)、葛(くず)、オヒョウなど、木の皮や蔓(つる)茎などから採った繊維を糸にして、編んだり、織り布にしていたことが、縄文時代の遺跡から土器などからうかがえます。
 木綿が庶民に普及し始めたのは江戸時代中期以降といわれており、それまで何千年もの間、庶民の暮らしに息づいていたのは、身近な草木から作る自然の布でした。

●東京造形大学教授の大橋正芳さんによれば、「染織の歴史をさかのぼれば、その伝承の技には日本人の特質がみられる。」といいます。「日本人は、もともと自然を受け入れる文化を持っており、豊かな自然に恵まれたことで、かなり質の高い材料が手に入り、しかも、その材料の一番よいところを引き出す能力があったのでしょう。それゆえ日本の織物は、今も世界に類を見ない手技として残っているのでしょう。」と感嘆される。

●自然の繊維の中でも、ことに用いられてきたのが「麻」。麻には、アサ科の大麻、イラクサ科の苧麻などがあり、野生の物はどこでも手に入り易かった。「成長も速く、木の皮などより質の良い繊維が採れるため、古代から栽培されてきた。」「細くて長い丈夫な繊維が採れることが、、麻の最大の利点。さらに畑での栽培を工夫して行くと、苧麻の繊維などより細く、光沢のある糸になる。それを使って織ることで、人間にとっては見た目も美しく、触り心地のよい布が出来ていったのです。」
 普段着や仕事着など庶民が日常の中で着ていた麻布は、染色や模様も無い粗布でした。織り方も縦糸と横糸を一本ずつ交差させて織ってゆく平織りで、いざり機(地機=じばた)といわれる原始的な織機が使われました。
 一方で、越後や琉球では、苧麻をつかった上質な麻布も生産されました。それは、「上布」と呼ばれ、献上品や武家の礼装などに重用されていった。」と大橋さんは、いいます。

●やがて、織る前にあらかじめ染分けられた絣糸(かすりいと)を用いて織る絣織りの技法も発達し、細やかな絣模様が上布の特徴となった。越後では、上質な苧麻を改良した「縮」も生まれ、全国へ広く流通していった。

●しかし、江戸時代中期以降、庶民の暮らしの中では木綿が急速に普及して行く。暖かく着心地の良い木綿織物が麻織物に代わり、日常の衣料に用いられていったのです。さらに近代へ移り代わるなかで、日本人の生活を大きく変えたのが、「洋服化」。染織の世界に打撃をもたらし、着物離れが進むその中で麻織物は、減産され、工業化に伴って、昔ながらの技術も廃れゆく危機に瀕しています。廃れようとしているのは、麻布だけではなく、シナノキに皮を糸にして織りあげる「しな織」もその一つです。
「シナノキや葛、藤、麻といった素材の豊富さは、やはり日本の自然や風土に培われてきたもの。それを最大限に利用し、美しいものを作り上げてきた手仕事の技は、世界に誇るべきことだと思うのです。

●「紙布」にみる先人の知恵
 先の手仕事専科のBlog/「烏山手すき和紙の紹介」で「紙布」のコメントをしておりましたが、こちらにも《和紙で作る布(庄内・白石)》があって、思わず嬉しくなりました。ご紹介します。
●植物で漉いた和紙を用いる「紙布(しふ)」。暮らしの中で生み出されたこの自然布には、物を大切に使うという、庶民ならではの見事な知恵が生きている。
 かつて、自然布のひとつに楮布というものがあった。繊維が長く強い楮を糸にして織りあげる布だ。しかし、これとは別に、既に漉いて作り上げた和紙を織物にした紙布と呼ばれるものも各地に見受けられた。紙布は、和紙を裂いてよった紙糸で織り上げる。昔は、紙をよって作る紙縒(こより)が書物を綴じたり元結を結んだり、ひもとしてさまざまに用いられたことからも分かるように、紙をよればひじょうに強い糸になる。これで織り上げた布は、機能的に極めて優れた特質を持っていた。軽く、肌当たりが柔らかく、ぬれても乾きやすく、ひじょうに丈夫で保温性にも富んでいたのです。
 山形の庄内地方では、その性質を生かした「オコロギ」と呼ばれる紙布衣が、主に漁場の現場で使われていました。材料は、反故紙(不要になった文書類)です。
 一方、宮城県白石には、伊達藩から将軍家や諸大名への献上用にも使われた紙布がありました。
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