2014年10月30日木曜日

昭和の風景/白河だるま.その3

昭和37年の佐川だるま店の写真も最終回です。
残りの画像をアップいたしました。
手仕事専科は、伝統的な工芸品や民芸品、そして、食品をご紹介、販売しています。
だるまは、民芸品に当たるでしょうか。
民俗学的に興味のある対象です。
わたしの恩師の尾島先生(民俗学者)は、「名もなく清く貧しく美しく生きた人々」ということばで庶民の方々を形容していました。
一方、「おらやんなっちゃった!」というご本も出版されています。
その中で、(近視眼的でわからずやの)辻褄の合わない「庶民の感覚」を述べています。
わたしは、田舎の小農家の出身ですが、隣近所の合理的でない慣習を大切にする人々の付き合いに「理解できない」ことも多々ありました。
それが、村八分であり、古いしきたりであり、変化に対応できな考え方でした。
嫁いびりや足入れ婚もそうです。
わたしの妻に言わせると、永年苦しんだ母親を見てきたからでしょうか、「今の方がよっぽどいい」といいます。祖母や小姑に苦労した母の姿を見てきたからでしょう。
現在の政治や原発のこと革新的な意見に対しても、その人々を無責任といいます。
原子力のエネルギーを享受しておきながら、一旦ことが起きると無責任に反対をします。
しかし、だれも現在の豊な生活を見直そうとはしません。
それが、世情に流される庶民なのかと思います。
政治家は、大衆は愚かといいます。
盲目の輩でしょう。
一見、蛇行をしながら、逆流しているのかもしれませんが、
しかし、長い目で見ると大河のごとく、すべてを飲み込んで流れてゆくものと思います。
それに感性豊かな人々が、戦いを挑んで捨て石のように散ってゆくかもしれません。
激動の時代です。
歴史には、それが、両者が、必要なのかと思います。
神がつくった配分は、2:6:2かと思います。
黒も白もグレイも必要です。

紙漉きの作業です。
1尺×1尺半サイズです。
これは、陶石です。
だるまの重しになりますが、自分で焼いて作ります。
当時は、これと併せて、大国様や恵比寿様を型から
焼いていました。
写真が、横向きになっていますが、
弁慶に刺しただるまです。
この後に顔と紋様を描きます。
11代目佐川平吉です。
代々、平吉を名乗りました。
現在当主の佐川明子さんの
祖父にあたるといいます。
天秤棒で竹篭に入っただるまを
運びます。
2月11日のだるま市の風景です。
防寒着を着た親子連れも当時の姿です。
恵比寿講をご存知でしょうか。
かつては、だるまではなく、恵比寿様が、庶民の
信仰の対象でした。
(恵比寿講とは)
のひとつであり、漁師商人が集団で祭祀をおこなう
信仰結社的な意味合いもあるが、
えびす講は各家庭内での祭祀の意味も持つ。
東日本では家庭内祭祀の意味合いが強く、
また東日本では商業漁業の神としてのみならず、
農業神として崇める傾向が西日本よりも顕著である。
地域によっては1月のえびす講を商人えびす、
10月のを百姓えびすと呼ぶこともある。
商業従事者や商業者団体がえびす講に合わせて安売りをおこなうこともあり、
近年にはこの安売りイベント・商業祭というイベントとして
えびす講をおこなう地域もある。
 
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