2014年10月15日水曜日

愛着の日光下駄

 日光下駄を御存知でしょうか。
 日光下駄は、日光山の神域境内の履物として作りだされたものです。江戸時代神域境内に入るものは、草履に木の台をつけた「御免下駄」に履き替えたものですが、この台木は、コの字型をした履きにくいものでしたので、明治時代の中頃には、台木を普通の下駄に似た形にしたものが作れるようになり、この御免下駄の改良型がその後市民に愛用されるようになり「日光下駄」と称されるようになったものです。
 現在は、数人の方が、その日光下駄をつくられています。

 手仕事専科では、日光下駄をご紹介、そして販売しております。
 この度、嬉しいご注文がありました。
二度目の修理のご依頼です。
当方では、初めての修理の際にご注文をいただき、そして、2度目の修理依頼になります。
丁寧に履かれて、切れた鼻緒の挿げ替えの依頼でした。

 かつて、江戸時代には、リサイクルの職業がたくさんありました。木綿糸ひとつでも大切に保管をされて、それを裁縫に使われていました。捨てるものは、無かったのです。それほどに”物”が、貴重でした。
 江戸城の汚物の汲取りの職業もあり、100%循環型の社会をつくっていたとききます。
物造りでは、問屋制度が発展し、実に分業制がしかれ、社会は、*「風が吹けば桶屋が儲かる」と言われました。
*今日の大風で土ほこりが立ち、人の目の中へ入れば、世間にめくらが大ぶん出来る。そこで三味線がよくうれる。そうすると猫の皮がたんといるによって世界中の猫が大分へる。そうなれば鼠があばれ出すによって、おのづから箱の類をかぢりおる。爰(ここ)で箱屋をしたらば大分よかりそふなものじゃと思案は仕だしても、是(これ)も元手がなふては埒(らち)(あか)ず。

 現代は、高度に発達した文明・そして文化(?)を謳歌していると思われています。
西欧の物質文明の豊さから、近代は、大きく成長発展してきましたが、文化は、その精神は、如何なものだったでしょうか。貨幣経済に偏重され安易に物の豊かさで、幸福をはかり、心の豊さに背を向けてきたように思います。
物造りの「自然からいただいたもの(本質は神から頂戴したもの)を使い捨ててきました。」
 ひとは、物に物欲に流されると本質が見えなくなります。

 
 この度のご注文に嬉しく思うと同時に感謝の気持ちで一杯になりました。
 私自身、このような仕事に携われたことに感謝致します。
 これからも職人の方々が、心をこめて作られたものを精いっぱいその良さを伝えてゆきたいと思います。
 写真で、日光下駄をご紹介たします。
「愛着の日光下駄」
鼻緒を挿げ替えて新しくしました。
竹皮の草履部分は、幾分すり減っていますが、
まだまだ、履けるでしょう。
すてきな鼻緒です。
後丸型 7寸5分 ¥20,000
 染竹皮        ¥6,000
 鼻緒割増(特殊織)¥6,000
    合計     ¥32,000
山本政史さんは、日光下駄の職人です。
職人につきもののこだわりをもって、
日々、製作されています。
これでよしと言うことばは、ありません。
「まだ、なんか工夫できるのじゃないか」
これが、日々精進する方の心持かと思います。
人は、生かされているという謙虚さが、
そう言わせるのかと思います。
わたしも見習いたいと思います。
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