大館は、懐かしい地名です。
平成7年3月28日に初めて、津軽に来ました。
ホテルのプロパーとして、それからの7年を過ごしました。中津軽郡相馬村の第3セクターですが、当時は、日の出の勢いの相馬村のテーマパークでした。星と森のロマントピア、国の過疎地支援事業関係の支援金を使い数十億円の投資をしていました。
ホテルマンとしては、力量を発揮できる最高の幸せな時間でした。
大館は、よくマイクロバスを運転してお客様の御送迎で伺いました。比内地鶏や秋田犬、そして、大館曲げわっぱとして有名ですが、その後大館能代空港ができました。よく、ホテルの市場調査として、大館から、能代、そして、青森県内の深浦や鯵ヶ沢を廻り五所川原経由で戻りました。
その大館曲げわっぱには、老舗栗久があります。当主の栗森俊二氏が現代の名工として、伝統工芸の技能を継承されています。手仕事専科をスタートさせて、直ぐの頃に国際展示会場の展示会でお会いし、その後にお取引が出来るようになりました。
素晴らしい工房です。杉の柾目を使い熱を加えて加工します。
職人技です。
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(歴史)
大館曲げわっぱは、きこりが杉柾で曲物の器を作ったことに始まったとされています。
藩政時代に大館城主佐竹西家が領内の豊富な秋田杉に着目し、武士の内職として推奨しました。農民には年貢米の供出代替として、山から城下まで原木を運搬させたといいます。
製品は酒田・新潟・関東などへ運ばれました。江戸時代末期から近代にかけて職人たちが技法を受け継いできましたが、プラスチックの出廻り等により他産業への転向が相次ぎました。
(特徴)
現在の本物志向の風潮に相まって、大館の曲げわっぱは、多くの人に愛されています。天然秋田杉の柾目と香りが冴え、木目まっすぐで弾力に富んでいます。軽さと、明るく優美な木目が生かされた製品には、シンプルな味わいと気品があります。
(製法)
天然秋田杉を手割り、または製材により薄く剥いで、熱湯につけます。板が柔らかくなったところで取り上げ、台上でコロ(道具)に巻き込むようにして曲げ、重ね合わせ部を仮止めして自然乾燥させます。乾燥後、接ぎ手部を接着剤で接着した後、とじ穴を開け、この穴を桜皮で縫いとめます。蓋板または底板を入れ込み、接着して仕上げます。
(出会い)
大館曲げわっぱの老舗栗久の栗盛俊二氏とは、ビッグサイトのギフトショーでお会いしました。来場者の若い女性に向かい流暢にそして、情熱的に話す語り口に惚れ惚れと見とれていました。
それは、おひつの曲げわっぱが、いかに美味しいご飯になるかというものでした。
自分のこどもの頃は、炊飯器も保温ジャーもなかった時代です。
薪で炊いたお釜のご飯をおひつに盛っていました。
その風味とほかほかの香は、懐かしく思い出されます。
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これらの大館曲げわっぱは、人気者です。
特に弁当箱は、数カ月をお待たせしてしまいます。
木のお弁当箱が何故良いか?
と申しますと余分な水分を吸収して食べ物が傷まないということに有ります。そして何よりお料理の味が変わらずしっかりして美味しいということです。
それから木は伝熱性が低いので冷めにくく、さめてもカチカチ固くならずホクホクした美味しいままです。
手仕事であることから、大量生産が出来ません。
一日に造られる数量が限られています。
手仕事品を愛することは、拘りは、直ぐに手に入ると考えることが、間違いです。
ご注文後に造ることが、一番のエコです。
最近は、これらのセイロや徳利などの御注文を頂戴していますが、弁当箱は、宝石箱のようです。
あなたの拘りの逸品に加えてみません。
セイロ(小) セイロ 5合 |
弁当(小判型小) |
プラスチックのお弁当と曲げわっぱの お弁当では、お米のしっとり感、美味しさが 異なります。それは、杉材の柾目の吸湿性 によります。水分を吸い込みそして、長時間 お米の湿度を保つことから出来るのです。 その風味とお米の香りをお楽しみください。 |