2021年3月27日土曜日

楽しい便り、会津木綿で作る「和雑貨].山田木綿織元vol008

いつも、会津木綿の御注文をくださるお客様は、全国に居られます。遠くは九州や北海道からもです。手仕事専科の会津木綿は山田木綿織元になります。明治35年創業と聞きますが、いまだに当時の豊田自動織機を使って織り続けています。嘗ては、会津市内に35軒もの機屋があったと聞きますから全国にもかなりの数になったと思います。それらの機械の部品はもう製造しておりません。ですから故障すると大変です。古い機を分解して使用するようです。山田木綿織元では20台を超える機があります。

この度、いつもご注文をくださる方から、追加の切売の御注文でしたが、あづま袋とエコバッグを作られています。お祖母ちゃんに喜ばれて、追加で作る予定とのことです。彼女の作品をご紹介します。エコバックは、一寸したお買い物に重宝でしょうね。また、あづま袋は、風呂敷代わりに簡単にバッグに忍び込ませておき、一寸したものを入れるのに便利です。また、柄も可愛いので女性陣には人気だと思います。そういう、私も使っています。ご覧ください。

エコバッグ収納時の形
エコバッグです。
縞574番
あづま袋
縞815番です。
あづま袋
縞823番
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2021年3月21日日曜日

総額表示(税込み)のこと.手仕事専科Vol008

先日、漆器工房鈴武に伺いましたが、部長の話では消費税表示が、平成15年度には、税別表示の猶予があったけれども、令和3年4月1日から「総額表示」「税込み」になるので、それらの価格表示変更を一斉にしなけらばならないので、大変だと言っていました。私のwebsite手仕事専科では、税別表記で対応していました。その猶予期間が、後数週間後に迫っています。早速に価格表示の訂正にとりかかりました。従来は那須味噌の3,500円(税別)から、3,780円表示です。見た目の印象が変わりますが、致し方ありません。お客様に価格の誤解を与えないためですので、当然のことです。

縄文朱一汁三菜
 ¥37,500
 径13.3cm×高12.5cm
 ■商品コード A-01066■ 
・イゲタ 彩 1.8L 
6本詰め 出汁しょうゆ  
 ¥8,640
 
■商品コードFA-03007-6■
・那須みそ(小)
 1kg5袋箱入
 
¥3,780
 ■商品コード FS-02002■
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2021年3月15日月曜日

漆器の事情.漆器工房鈴武Vol001

手仕事専科では、会津地方の漆器がありますが、会津塗の漆器工房鈴武会津近江屋漆器店を取扱っています。漆器工房鈴武は、手仕事専科のスタート時からのお取引です。前身のホテル勤務の際に近畿ツーリストのクラブツーリズムのお客様を年間随分と招聘しておりましたが、その滞在中日の日帰り旅行で、会津若松の漆器工房鈴武の見学ツアーを組んでいました。布着図案で知られる鈴木誠一郎氏との由縁から、取り扱いが出来ました。鈴木氏はデパートの実演販売を主に行っており、同時に店舗見学のお客様への店頭販売が、2本柱です。しかし、ここ10年ほど経営環境が大きく変わりつつあります。ひとつは、福島第一原発の事故から、バスツアーも無くなり観光客が殆ど来無くなりました。それから10年が過ぎるのですが、徐々に戻りつつありましたが、昨年のコロナ禍から、壊滅的です。従業員も休ませざるを得ませんし、持続化支援金があり、従業員の雇用も細々としていましたが、成す術がありません。

会津の伝統工芸品は、漆器以外にも会津木綿起き上がり小法師赤べこ会津絵蝋燭などがありますが、これまでも会津の伝統工芸品は、問屋として製造している部分もありますが、観光で成り立っています。その観光がゼロ近くになったのですから、壊滅的なダメージです。漆器工房鈴武の話では、殆どの商品が作れなくなりつつあるといいます。木地師と言われる人たちが高齢からと需要の低減から廃業となっており、現在の商品がなくなり次第に廃版になるものが、殆どです。商品は、同じ木地を使うのなら安価な紅布着から、高価な縄文の朱や黒に絞り込むことになりました。また、布着せでない一般的な漆器は皆無となりそうです。頁のメンテナンスを行いながら、画像からこれらの美しい商品が淘汰(廃版)されてゆくことに悲しさを覚えました。伝統工芸品のイエローカードから、レッドカードに代わることは予測していましたが、このような経過で失われてゆくとは、嘆息が出ます。

紅布着一汁三菜
縄文朱一汁三菜
会津絵
紅布着湯呑み(大小)
紅布着珈琲椀(小)
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2021年3月14日日曜日

コロナ禍で知った赤べこの事情.荒井工芸所Vol001

手仕事専科には、会津の伝統工芸が沢山あります。会津三縁起の起き上り小法師初音風車赤べこ会津漆器会津本郷焼会津絵蝋燭奥会津編組細工会津木綿。食品では、イゲタ醤油、味噌鰊の山椒漬凍み餅などです。他にもあるのですが、ご紹介し切れません。

今回のコロナ禍から、干支の丑・赤べこが大変でした。昨年中に例年の数量を大幅に超えるご注文となり、手仕事専科荒井工芸所では、対応が出来ませんでした。昨年中の11月には、受注をストップして欲しいと言われました。いつもの制作がいつから出来るかも分からず、今の御注文がいつ出来上がるか見当もつかないと言います。その後は、3月過ぎぐらいには納品できるかと打合せて受注したのですが、それでも作れない状況でした。私の知り得ない工房の事情があったからです。

数人の職人さんを加えてご家族で赤べこを作るのですが、技能を要する仕事ですので、数量が増えたからと言って、直ぐに人を手配できるはずもないのです。毎年毎年決まった問屋のお客様があり、季節季節でお約束をしているのです。ですので、私のようにご注文ごとの依頼では隙間を見て遣っ付ける仕事になります。この度の赤べこが、コロナ禍で厄除になるからと御注文が増えても対応できないのが当たり前なのです。そのことを私は知りませんでした。落ち着いたときに作ることで受注していますので、問題はないと思っていたのです。津軽のこぎん刺しあけび蔓細工もお待ちいただくことは、慣れっこです。数か月から、長いものでは5年6年先の納品でした。それが大間違いだったことを知りました。お叱りを頂戴しました。

手仕事に慣れてしまい作り手ではない自分のいい加減さ、甘さを知りました。工房には職人さんの都合は、私の知り得ない世界です。まだまだ謙虚にその世界を覗いて観なければならないようです。人気の干支丑をご紹介します。今後は、6月1日以降から御注文を受けることになります。宜しくお願いいたします。

ももべこ(大)
黄金べこ(8寸)
万両べこ(8寸)
赤べこの総揃い
赤べこ(8寸)
荒井工芸所の話では、お尻の黒い丸は、
天然痘の治った後だと言っていました。
健康に育る丑の象徴です。
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家呑みの拘り.焼き締めの器.津軽金山焼-Vol001

コロナ禍から、友人知人のいろいろな声が聞こえて来ます。私の年金受給者世代や公務員等は、直接の影響はありません。それでも、外出が儘ならない、外食や趣味の集まりが出来ない等の諦めの溜息が聞こえてきます。高齢者は基礎疾患のひとつやふたつは誰しもが持っています。心筋梗塞や癌疾患、糖尿病です。該当する者は息を潜めひとに会うことなく家に籠っています。

中小企業やショップ、飲食業生業の人達は、生き死にの思いだろうと思います。居酒屋を経営する友は昨年の11月に廃業しました。若い人達でも、正規雇用の者はテレワーク、リモートワークで仕事の対応が変り影響はあっても収入が大きく影響を受けることは無いと聞きますが、簡易なフリーター的な職業の人達は、直接に影響を受けています。私達には未知の大変な時代になりました。

飲食業が、8時以降の営業自粛から、「家呑み」になり、スーパーなどの食材のお店は、未曽有の好景気と聞きます。私の通販でも味噌、醤油等は、随分と御注文が増えています。那須高原に行ったときに買っていたお土産の食品(那須味噌、お米)ですが、行けなくなったのでと言います。私の通販「手仕事専科」には幾つからの小砂焼会津本郷焼津軽金山焼等の陶器がありますが、「家呑に」には、お酒と肴、そして肴の器が付き物です。そのようなことで、御注文があり、頁のメンテナンスをしていました。酒の肴の器には、焼き締めの津軽金山焼が、似合います。先日、和風のファミリーレストランでランチをしましたが、今は和物の器が使われているのですね。センスが磨かれているのが分かります。ファミリーレストランでは、女性向けに明るくお洒落な物が主流です。しかし、家呑みでは、どうでしょうか。煮物、焼き物、刺身、小付け用の漬物など、派手なお料理では無いように思います。そこでは、お料理に勝る器は似合いません。少し抑え気味で風合いがあってお料理をカバーできる器が求められます。それが、「炎の芸術」と言われる焼き締めの器です。派手な磁器の京焼や有田、伊万里などは、割烹と言われる和食の板前のお料理が似合います。洋食では磁器の平皿が似合います。益子焼がそうですが、陶器のいろいろな釉薬の器は楽しいですね。それよりももっと田舎の風合いを感じさせるのが、「焼き締め」になるかと思っています。津軽金山焼の器は「家呑み」には、似合いです。幾つかの器を選びましたので、ご覧ください。

玉緑小鉢
カレー皿
ろくろ目角皿
北の食卓角皿(中)
ビアカップ
ぐい呑み
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2021年3月7日日曜日

七代目高谷智二氏のこと.高谷下川原焼土人形Vol001

 手仕事専科下川原焼土人形とのお付き合いは、丁度10年前になります。伝統工芸品の通販のスタートから、1年近く経った頃です。忘れもしない2011.03.11の日です。当日は、3時頃に下川原焼土人形の阿保正志さんと商品画像撮影の約束をしていました。それまでの時間をデパート中三の一階のcafeで昔お世話になった方とお話をしていました。2時46分に突然大きなゆったりとした揺れが、ビルを襲いました。本当にゆったりと揺れて、外を見ると空が暗くなり人々が足早に土手町の道路を横切っています。近くの信号機が止まり車が、そろそろと譲り合いながら交差点を渡っています。私達も話どころではなく、そそくさと分かれました。

阿保さんにお電話をしましたが、これから写真撮りに伺うと伝えましたが、直ぐに切れてしまいその後は繋がりませんでした。直ぐに別の電話が入りました。東京の娘からの心配の電話でした。既に那須の家には電話をしたようで、全員が無事だとのことが、分かりました。その後は、携帯は殆どが繋がらなくなりました。中三から、阿保さんの工房までは約30分程ですが、途中は交差点を用心しながらわたり、彼の工房に到着しました。停電しており、照明は使えませんが、夕方までの2時間程でかなりの点数の商品を撮ることになります。その時は大きいとは思いましたが、かつて経験したことのない地震です。これ程までに甚大な被蓋を齎す大きな地震とは思いませんでした。夕方の灯りが暗くなりもうこれ以上は撮れないなと思う頃に全て撮り終えることが出来ました。私が画像を撮りながら、サイズと価格を阿保さんに記入してもらったように思います。下川原焼土人形の画像は、震災の日に産まれた画像です。

ホテルに戻るといろいろな情報が入りました。東北高速道路は、通行停止で動かないこと、停電からガソリンスタンドは給油が出来ないこと、TV等も見ることも出来ませんでした。翌日は、一日中動けずに情報だけの入手に努めて、家や娘との連絡も取れずに一日悶々として過ごしました。それでも近くのガソリンスタンドが給油している話を聞いて、翌朝7時前に出て、ガソリン満タンにして、戻ることにしました。7号線から、碇ケ関を通り秋田に入りそして、13号線を通り、山形県内を抜けて、福島県会津若松121号線を通り、家に戻るルートです。そのルートは、かつてよく通った道です。東北高速道路は幾度も使いましたが、裏街道は旧道にもなり、芭蕉の立石寺や上杉鷹山等の観光史跡が残っています。勝手知ったる道路ですが、ガソリンは満タンで600kmは走れます。途中給油は無くても戻れる計算です。もう、あれから10年が過ぎました。

うさぎ土鈴
丈8cm×横9cm×巾5cm
 ■商品コード T-17007■ 

一昨日に下川原焼土人形のうさぎの干支土鈴「卯」のご注文が入りました。ある企画会社ですが、下川原焼土人形の干支を絵に描きとり、イメージ用に購入して使いたいというのです。阿保氏に聞くと今はご注文が殆ど途絶えており、生業としては成り立たないようです。コロナ禍から、弘前の桜やねぷたも全てが中止となっています。今年もです。伝統工芸品や民芸品は実用的な物ではありませんので、観光によって、販売されています。コロナ禍から、中小企業と飲食店などの接客に関係する業態は、軒並み大きなダメージを受けました。ウィルスから死亡するよりも経済的な「致死」です。少人数の家族経営の商売が立ちゆきません。公務員などの正規社員は、このような時でも給与が保証されます。しかし、社会保険もないような人々に収入の道は経たれてしまいます。

下川原焼土人形は、高谷金蔵が始めた郷土玩具です。縁起は、「初代高谷金蔵は弘前の津軽藩士の家に次男として生まれ、壮年にして九州筑前に渡り製陶の技を学び文化の初年 南郡大沢村(現.弘前市大沢)に本窯を築き独力で製陶に従事、専ら飯碗、徳利、水滴等日曜雑器を造っていたが、 当時気候の関係上雪中は今のような暖房装置がないため作業不可能であった。その為冬季間の仕事として鳩笛や 土製の人形類、即ち3月節句人形、5月武者人形、唐子其他土地風俗を取り入れた笛付人形、アンコと称する小物、 玩具等製作を続けてきた。」とあります。現在の高谷智二氏は、七代目です。もう既に3年前になりますが、「朝鮮通信使の玩具」を求めている方が尼崎市に居られ、お電話を頂戴しました。在日朝鮮人の方でしたが、その熱意に好感を持ちました。私はその方から初めて江戸時代の朝鮮とのやり取りを知った次第です。いろいろと調べて、その後、広島県の呉市に(公財)蘭島文化振興財団があり、そこにその人形が残っていることが分かりました。博物館に電話し詳細を伺い、その後に高谷智二氏にたどり着き、その朝鮮通信使の玩具が、12体あることとその時代の型が残っており、今もそれらを資料として発掘し造っているなど。数か月先でしたが、彼の造ったいくつもの朝鮮通信使の玩具をお届けしました。七代目高谷智二氏の下川原焼土人形を新しい頁でご紹介することになりました。

左が太鼓持ち。右がラッパ吹きです。
下川原焼土人形。
12体の玩具人形
公財)蘭島文化振興財団所蔵

朝鮮通信使(ちょうせんつうしんし)とは、室町時代から江戸時代にかけて李氏朝鮮から日本へ派遣された外交使節団である。正式名称を朝鮮聘礼使と言う。朝鮮通信使のそもそもの趣旨は、室町幕府の将軍からの使者と国書に対する高麗王朝の返礼であった。1375年(永和元年)に足利義満によって派遣された日本国王使に対して信(よしみ)を通わす使者として派遣されたのが始まりである。15世紀半ばからしばらく途絶え、安土桃山時代に李氏朝鮮から秀吉に向けても派遣された。しかし、その後の文禄・慶長の役(壬辰・丁酉倭乱)によって日朝間が国交断絶となったために中断されて、江戸時代に再開された。

広義の意味では室町時代から江戸時代にかけてのもの全部を指すが、一般に朝鮮通信使と記述する場合は狭義の意味の江戸時代のそれを指すことが多い。「朝鮮通信使」という表現は研究者による学術用語であり、史料上には「信使」・「朝鮮信使」として現れる。また江戸幕府は朝鮮通信使の来日については琉球使節と同様に「貢物を献上する」という意味を含む「来聘」という表現をもっぱら用いており、使節についても「朝鮮来聘使」・「来聘使」・「朝鮮聘礼使」・「聘礼使」と称し、一般にもそのように呼ばれていた。

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2021年3月6日土曜日

ZOOMセミナーの開催.手仕事専科Vol001

最近は、ZOOM流行りです。ZOOMの言葉は、富に周囲の人たちの間から、使っている話が漏れて来ます。私の知りよく利用しているDRMのご案内にも頻繁にZOOMセミナーご案内が入ります。その勢か以前よりも、容易に電子書籍を購入するようにもなりました。

私の関わる趣味の世界に小説(書き)があります。ペンネームを使い書いているのですが、すでに30編にもなるでしょうか。その顧問の小説家の先生が盛んにZOOMでエッセイクラブの定例会をやりましょうと提案されています。そんなことから、3月の定例会で初めてZOOMで会議を行いました。すごい時代になったものです。巷ではコロナ禍から、テレワーク、リモートワークが盛んに推奨されています。嘗ては、スカイプが凄いと思いました。海外と無料で画像と電話で交信が出来るなんて。そして、今はLINEで同じことがスマフォから出来るのです。更にZOOMでは会議形式で1000名を超える人々を対象に開催されます。紙資料、ビデオの共有やyoutubeの保存、チャットさえもできるのです。

DRMからのご案内にZOOMを使いセミナーの開催し顧客そして売上拡大を提案されています。手仕事専科には、メールマガジンがあります。会員対象に定期的にいろいろな販促資料を送るものですが、それさえも随分と旧式になります。PDF資料請求もありますが、その発展形がZOOMと捉えました。関心のある顧客を対象にZOOMセミナーを行う。ホスト(招待者)は、手仕事専科です。顧客以外に重要なのがゲスト(職人を想定)です。例えば会津木綿であれば、会津木綿の製造者、研究者、歴史家など。同じく津軽こぎん刺しであれば、ゲストは弘前こぎん研究所の代表やスタッフ、現代津軽こぎん刺し作家の貴田洋子女史、あけび蔓細工では、宮本工芸の武田所長であったり、実際に編む方です。このように魅力的なセミナーが企画できそうです。顧客として考えているのは、それらの商品に手仕事に関心のある方々、購入を計画されている方々です。今、更に考えているのが、海外の顧客です。日本の文化に興味を持ち旅行に訪れたい、手仕事専科のエリアである陸奥・東北地方を訪れたいと考えている人々です。ツアーコンダクターとして、それぞれの県の国際観光部のスタッフです。海外から観光客を誘客したい事業がありますが、それとのタイアップです。私は、あくまでも伝統工芸品の販売が目的ですが、それに関係する企画です。

今、海外向セミナーの為に英語を勉強することにしました。20代の折に2年程世界を旅してきました。私の使える言語は、ドイツ語と英語ですが、かなりの会話力はあったと思います。その後のホテル勤務では、外人タレントのホテルショーを担当していましたので、日常の会話に問題ありませんでした。旅から50年近くが過ぎます。しかし、今はそれに伝統工芸品関係の専門的な言葉が必要です。再度、勉強します。今年の夏ごろにはスタートします。

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2021年3月1日月曜日

昭和レトロの宮染の誕生-中川染工場Vol005

今日は久々に宮染の中川染工場を訪ねました。小山駅のミチノク銘品館に宮染の手ぬぐいを収めていたのですが、結構人気があったのですが、コロナ禍から、伝統工芸品はなかなか売れるものではありませんでした。昨年の暮れ一杯で撤退しました。その棚卸の精算が目的でしたが、新しい手ぬぐい柄があるということで、写真撮りに尋ねました。

宮染は手仕事専科の誇れる伝統工芸品です。宮染の由来は、江戸末期の頃、真岡木綿(現在の真岡市で織られた木綿地)が盛んになり、その木綿地を染めるために宇都宮市内を流れる田川沿いに染物職人が集まり袢纏等を染めるようになったのが始まりです。その後、大正期に入り、注染(ちゅうせん)という技法が生まれ浴衣や手拭いを一枚ずつ丁寧に染め上げてゆくようになりました。宇都宮に流れる田川を中心に栄えた染物を総称して「宮染・みやぞめ」と名付けられたのです。中川染工場では、明治38年手ぬぐい、半纏の専門工場として創業しました。大正期に注染という技法によりゆかたの染色を手掛け、以来戦中戦後の一時期を除き年間を通してゆかたの染色をしています。東京ゆかた工業共同組合、及び関東注染組合に属しており、東京都の伝統産業の指定を受けています。今では3軒ほどが、昔ながらの注染の技法を頑なに守りながら、後世にこの「宮染」を伝えております。 

中川専務の話では、昭和レトロ調のデザインだと言います。下にご紹介いたします。

華シリーズ ツバキ
かき氷 小柄てぬぐい
貝殻 小柄手ぬぐい
犬道楽 byはな 小柄てぬぐい
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