2020年7月13日月曜日

薄田浩司氏の登り窯塩釉焼成のこと。薄田窯Vol.004

今日で手仕事専科の薄田いと薄田窯の頁は完成しました。
普段使いで楽しんでいただくいっちんの皿です。
白い釉薬にいっちんの模様の器は都会生活には似合うと思います。
そして、安価です。
2011年の2月に薄田窯を尋ねてhpをつくりました。薄田いとさんの作品を気に入ったからです。
実際に薄田窯を尋ねた時は、お父様の浩司氏とお母様が仕事をしていて、いろいろとお話を伺いました。
しかし、今回のリニューアルではお父様が2015にご逝去されており、直接いとさんとの打ち合わせになりました。当時よりも作品は選りすぐられシンプルになっていました。多くの方々に薦めたい器です。
普段使いの器として。

私が益子焼と初めて出会ったときに目を引いたのは浜田庄司氏や島岡達三氏などの古風な益子焼でした。
何の知識も理屈もなく唯見て惹かれました。
村田元氏の作品も好きでした。息子さんの村田浩さんの湯飲みなどは手ごろなこともあり、色味も削った形も好きで、今でも愛用しています。益子焼のことは(株)益子陶器の篠原幸雄さんや奥さんの里子さんに教えていただきました。
しかし、今回薄田浩司氏の物故作品をご紹介することになりましたが、益子に入った時に村田元氏に師事したとありました。
彼の作品を拝見していて、似ていることに合点がゆきました。確りとしたボディですが、それでも村田さんよりも優しい印象を受けます。村田さんの作品はもう少し無骨で骨太に思えるでしょうか。
薄田いとさんの「父のこと」のブログを拝見して、浩司氏の性格や益子でなさってこられた生き様など御苦労を偲ぶことができました。
私よりも丁度5歳先輩になります。
活きた年代は少し違いますが、戦後の益子で陶芸家として生きて来られ、素晴らしい娘さんに薄田窯を継承されたことは嬉しく思いました。
作風は全く異なりますが、陶芸に向かう心意気は同じように感じます。
常にお客様が目の前に居られることを感じます。

薄田浩司氏の得意とする塩釉焼成とは、薪窯焼成の途中で窯の温度が約1200度になった頃、塩を投入する焼成方法です。
投入した塩は高温により、蒸発していきます。
その際に発生するガスが作品の表面に付着し、カセた独特の表情を生み出すのです。
日本では焼成できる場所も作家も限られているので、塩釉焼成の作品は貴重な焼き物となります。薄田浩司氏は、その一人です。
浜田庄司氏のいつも言っていた言葉に器のボディと釉薬があります。
焼き物はボディが確りしていなければ、どのような美しい衣服(釉薬)を纏っても絵にならない。
ボディが命になる。
そしてそれに似合う釉薬があって器は完成する。
塩釉三耳壺
 18w×29h
塩釉面取壺 
23w×19.5h
 
 
薄田 浩司(すすきだ こうじ)
-経歴-
1945 中国南京市出生後大阪に育つ
1967 京都府立陶工訓練校終了
     益子、村田元氏に師事
1970 現在地に築窯
     以後各地で個展、グループ展
2000 作陶30周年記念展 ギャラリー佳乃や(益子町)
     インターナショナル、ウッドファイアーフェスティバル
     参加(韓国龍仁市)
2000~2001
     千年の扉展(栃木県立美術館)
2001 ギャラリー土陶廊グループ展(韓国ソウル市)
2002 ギャラリー佳乃や 個展(益子町)
2005 ギャラリー開 個展(東京日本橋)
     以後毎年開催
            日本陶芸展 北関東美術展
            益子陶芸展 入選
2015 ご逝去(享年70歳)

薄田浩司氏
いとさんが2歳の頃。
薄田いとさん。
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