しかし、過去数年津軽びいどろのメンテナンスを行っていなかった。
御注文のあるたびに廃盤品であることから、ご迷惑をお掛けしていた。
その都度、メンテナンスを遣らなければと思うのだが、つい忙しさからかまけていた。
この度は、コロナ禍から時間が取れたこともありメンテナンスに取組み、日本版をすべて2020年カタログ商品にした。そして、英語版もつくる予定だが、商品数が多いところから結構大変な作業になる。
手仕事専科の工房は160程あるが、その中でも1、2位の商品数と言えるだろう。
当初は、大川薫工房(故人)、秋山実工房が津軽びいどろの代表だった。
青森県伝統工芸士。
それは、宙吹きの技法を駆使した花器や大皿などであった。
金彩、銀彩といった色合いでその形は素晴らしく超一級品と言える。
しかし、それらの商品を作れる職人が居なくなったことから半分以上が杯盤となった。
また、商品の変化から色味を出す色材料がなくなり、その素材も高価になったという。
美しい商品が作らなないことに驚きと悲しさを覚えたけれども、時の流れと言える。
また、最近のお客様の嗜好の変化が早く商品の寿命は短くなったという。
以前はヒット商品はしばらくは続きその製作も安定していたが、最近はその人気のピークが早く次の年まで続かないという。
時代の変化というと在り来たりだが、物が売れなくなった時代。
高度成長期は作れば売れる時代だったが、少子高齢化からお年寄りが増え、物は要らない世代が増えた。
人口構成比から社員と非雇用社員の影響もある。
未来に夢を持てない、家族を持てない社会となった。
共稼ぎせざるを得ない家族、その結果子どもも持てない社会となる。
豊かな経済の下で育った彼らの嗜好は変わったのかもしれない。
日本政治が選んできた政策、自由競争の拡大から産業障壁の撤廃から、安定した戦略が立てられない。設備投資や人への投資ができない。
アメリカの金融資本の圧力に屈し、従来日本的雇用であった終身雇用、家族経営これらが、放棄された結果がもたらした結果だ。
日本の政治は、官僚は何を夢見ていたのか。日本の知識階級アカデミズムは西洋に右へ倣いなのだろう。
私には恐ろしい集団に思える。
何れにせ津軽びいどろは変わりつつある。
私の美意識に「津軽塗」があり、津軽びいどろも同じように見える。
津軽弁でいうと「かちゃましい色」の世界になる。
「設え」というが、設えるものの目的は物を生かすことと思う。
花器は、活ける花を生かすもの。
陶器や磁器は盛り付けの料理を生かすこと。
窓の建具や今の茶箪笥は空間に沿うことになる。
機能性と見た美しさ調和などが求められる。
津軽びいどろの商品を見ると花器であっても花を殺してしまうように思う。
花よりも花瓶が花器が美しい。
両方の美が喧嘩してしまうのを見る。
私に言わせれば職人の「我儘」と言える。
生活の道具と言える器は盛り付けるものを生かす目的と言いましたが、お料理を美味しく見せる機能を求められます。
如何なのかと思う。
私の提案は、「津軽びいどろに花を合わせなさい。」となる。
「本末転倒と言うことなかれ。」になる。
手仕事専科では、津軽びいどろ自体の美しさを紹介します。
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